流刑者の先祖を持つことは数十年前のオーストラリアでは恥とされたが、現在では名誉の印とも見なされており、首相のイメージ向上につながりそうだ。
現在オーストラリアでは、国の発展における彼らの役割が、反抗的誇りをもって見直されている。
・・・とのことらしいです。
しかし、国の発展に功績があったのであればその部分に誇りを持つのは結構ですが、犯罪を犯したことについては名誉などと言わずに厳粛に受け止めて欲しいものです。そうでないと信頼できません。
教会の長老は、ラッド首相は移民と流刑者を先祖に持つ「生粋のオーストラリアの血統」だとたたえた。
「さすが」と言ったらそれはそれで良くないかもしれませんが、国として近年謝罪したはずのアボリジニーのことはすっかり忘れ去っています。教会の長老とのことですが・・・。
オーストラリア系図学会の会長も、「オーストラリア人にとって流刑者の先祖は『聖杯』に等しい。特に第1船団ならなおさらだ」と述べた。
オーストラリアに来てからも困った人のままだった人達もきっと多くいたわけであり、皆が皆、国の発展に寄与したわけではないでしょう。
それなのに、犯罪者→名誉という発想の転換か何かにすっかり酔っています。
「特に第1船団ならなおさらだ」って、何となく特に悪い人達が送られていそうなんですが・・・。(笑)
やはり オーストラリア はちょっとおかしいかもしれないと思って見ないといけないですね。

