2009年07月05日

朝日新聞は社説も書けない

http://www.asahi.com/paper/editorial20090703.html
朝日新聞と言えば、山口光市母子殺害事件の件での橋下氏(現大阪知事)の一度の失敗で、反省しているのであれば、弁護士資格を返上してはどうか?などという無責任な社説を書いて物議を醸したのですが、今回橋下氏の高裁での敗訴を受けて、またあの件についての社説を出しています。

そして、驚いたことに、あの自社の社説の件はすっかり忘れ去っています。

だからこそ、いつまでもこの問題を引きずらず、弁護団に謝罪してけじめをつけてはどうか。それが政治家としての飛躍の条件ではないか
・・・
・・・
・・・そう言うなら、朝日も社説の冒頭ででも橋下氏に一言謝ったらどうだ、と言いたいです(この人たちは謝っても今更飛躍なんてしませんがね)。
もしくは、弁護士資格を返上したらどうか、という立場をきちんと継承して書くかです。
社説というものは言うまでもなく、個人のコラムではなく、社としての論説を載せる場です。
その区別がつかないなら、社説なんて書かなければ良いのに。
まあここがおかしいのは分かっていることですが、それでも数百万部を発行する新聞社ですからね。



あと、確かに橋下氏はあの件で、弁護士としては問題があったのでしょうが、ああやって被告の弁護団がおかしいと捉えて怒るのは、大人として当然です。
どうも、発言力の大きいという橋下氏の一種の「権力者」(知事の面は抜きにしても)としての暴走を危険なものとして叩きたがる人たちは、あの被告の「変心」を不自然なものとして捉え、追及するという側面を持たない、もしくはそういう気持ちが弱い気がします。
普通の人は、橋下氏の態度は弁護士として問題があったにしても、そこはよく分かる普通のものであり、被告の考え、もしくは弁護団の考えこそが、反人間的・反社会的な危険なものと捉えるのではないでしょうか。

橋下氏を責め立てれば、彼のような存在を脅威ととらえる人たちは満足できるでしょう。しかし、そこでは、元々多くの国民があまりに変(反人間的・反社会的)だと感じた問題が解決されることは一切ありません。
勿論、純粋に橋下氏が弁護士としてどうだったかを論じる立場の人達も世の中にはいるでしょう。しかし、朝日を含めて、それだけではすまない人達の方が多いはずです。
この朝日新聞のような存在は、国民目線(しかも国民=読者)を理解していないのではないでしょうか。

勿論、推測しか出来ませんが、彼ら以前の担当弁護士は、被告に対し、きちんと反省してせめてこれからでも真人間になって欲しいと思いつつ接したのに対し、新しい弁護団の彼らは、被告のどんな甘えも許すという態度で接しているのではないでしょうか。
そうでなければ、ドラえもんがどうのなどとという話が出てくるわけがないだろうと思います。
果たして、あの弁護団の弁護士たちは弁護士としてはともかく、人間として問題のない人たちなのでしょうか。橋下氏とは違い、法的には問題がないからと言って無問題としてしまうのであれば、そこにはまともな社会正義などないと思えます。

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